名取川を渡て仙台に入。あやめふく日也。旅宿をもとめて四五日逗留す。爰に画工加衛門と云ものあり。聊心ある者と聞て知る人になる。この者年比さだかならぬ名ところを考置侍ればとて、一日案内す。宮城野の萩茂りあひて、秋の景色思ひやらるゝ。玉田よこ野つゝじが岡はあせび咲ころ也。日影ももらぬ松の林に入て爰を木の下と云とぞ。昔もかく露ふかければこそ、みさぶらひみかさとはよみたれ。薬師堂天神の御社など拝て、其日はくれぬ。猶、松嶋塩がまの所〃画に書て送る。且、紺の染緒つけたる草鞋二足餞す。さればこそ風流のしれもの、爰に至りて其実を顕す。
あやめ艸足に結ん草鞋の緒
○名取川、中田出口ニ有。大橋・小橋二ツ有。左ヨリ右ヘ流也。
○若林川、長町ノ出口也。此川一ツ隔テ仙台町入口也。夕方仙台ニ着。其夜、宿國分町大崎庄左衛門。
一 五日 橋本善衛門殿ヘ之状、翁持参。山口與次衛門丈ニテ宿ヘ断有。須か川吾妻五良七ヨリ之状、私持参、大町貳丁目、泉屋彦兵ヘ内、甚兵衛方ヘ届。甚兵衛留主。其後、此方ヘ見廻、逢也。三千風尋ルニ不知。其後、北野や加衛門ニ逢(國分町ヨリ立町ヘ入、左ノ角ノ家の内。)、委知ル。
一 六日 天気能。亀が岡八幡ヘ詣。城ノ追手ヨリ入。俄ニ雨降ル。茶室ヘ入、止テ帰ル。
一 七日 快晴。加衛門(北野加之)同道ニ而權現宮を拝、玉田・横野を見。つゝじが岡ノ天神ヘ詣、木の下ヘ行。薬師堂古ヘ國分尼寺之跡也。帰リ曇。夜ニ入、加衛門・甚兵ヘ入来。册尺並横物一幅づゝ翁書給。ほし飯一袋・わらぢ二足、加衛門持参。翌朝、のり一包持参。夜ニ降。
5日(新暦21日) 同
6日(新暦22日)晴、時々俄雨 同
亀が岡八幡ヘ詣でる。仙台城の追手門より入る。
7日(新暦23日)快晴、夜雨 同
権現宮(仙台東照宮)、つゝじが岡ノ天神、薬師堂を訪れる。玉田、横野は宮沢、小田原付近という説もあるし、東照宮の北東の丘の付近と言う説もあるようだ。