塩竃

奥の細道本文

早朝塩がまの明神に詣。国守再興せられて、宮柱ふとしく彩椽きらびやかに石の階、九仭に重り、朝日あけの玉がきをかゞやかす。かゝる道の果塵土の境まで、神霊あらたにましますこそ、吾国の風俗なれどいと貴けれ。神前に古き宝燈有。かねの戸びらの面に文治三年和泉三郎寄進と有。五百年来の俤今目の前にうかびて、そゞろに珍し。渠は勇義忠孝の士也。佳命今に至りて、したはずといふ事なし。誠人能道を勤、義を守べし。名もまた是にしたがふと云り。日既午にちかし。船をかりて松嶋にわたる。其間二里餘、雄嶋の磯につく。

随行日記

一 九日 快晴。辰ノ尅、鹽竈明神ヲ拝。帰而出船。千賀ノ浦・籬嶋・都嶋等所ゝ見テ、午ノ尅松嶋ニ着船。

説明

9日(新暦25日)快晴 松島 久之助

 芭蕉は塩竃神社を見てから、舟で松島へ。こちらも観光桟橋から船の旅とし、塩釜から松島までのルートは作成していない。観光桟橋の前の海が千賀の浦。出発してすぐの左手に籬島、また、左手に都島をみて松島へ。瑞巌寺、雄島、五大堂を見る。

次ぎ 戻る ホーム