開始日時 | 2014/10/31 10:01:42 | 終了日時 | 2014/10/31 15:51:19 |
水平距離 | 28.00km | 沿面距離 | 28.21km |
経過時間 | 5時間49分37秒 | 移動時間 | 5時間36分07秒 |
全体平均速度 | 4.84km/h | 移動平均速度 | 5.02km/h |
最高速度 | 14.41km/h | 昇降量合計 | 490m |
総上昇量 | 246m | 総下降量 | 244m |
最高高度 | 55m | 最低高度 | -2m |
2014/10/31 10:06:54
ねんりんピックの練習で忙しかったので、久しぶりの奥の細道歩きです。飛行機も使って10時に吹浦駅から歩き始めるとすぐ大物忌神社が突き当りにありました。
2014/10/31 10:15:22
坂を上ると鳥海山が良く見えます。良く晴れて一日中見ることができました。
2014/10/31 10:46:05
滝ノ浦を過ぎかけると、奥に大鳥神社が見えました。滝ノ水という湧水があるそうです。
2014/10/31 10:56:10
7号線を横切って女鹿に入ると松葉寺がありました。
2014/10/31 10:58:00
女鹿の街並みを歩いていると、神泉の水がありました。山の神より普請して引いてきたことから、この名がついたと言われていると説明されています。
手持ちの水を捨てて、この水に入れ替えて持っていきました。美味しい水でした。
2014/10/31 11:10:22
天気も良く海がきれいです。
2014/10/31 11:20:15
三崎公園に来ると、旧道入口がありました。こちらに入っていきます。
有耶無耶の関が、この三崎峠付近にあったという説もあるそうです。遂行日記には、関という村が有耶無耶の関とありますが、象潟の手前の奈曽川を渡る前の集落は「にかほ市象潟町関ウヤムヤノ関」という住所で、こちらのことをいっているようです。ほかに笹谷峠付近にあったとの説もあるようです。
2014/10/31 11:24:54
上っていくと大師堂がありました。慈覚大師が建てたと言われているそうです。
2014/10/31 11:28:36
一里塚跡も残っています。
2014/10/31 11:53:09
小砂川にくると八幡神社がありました。柱に竜が彫られています。
2014/10/31 12:07:42
駅の手前から右に行き、7号線を越えたら庚申塔などがありました。
2014/10/31 12:22:39
二股の分かれ道に道祖神がありました。右のあぜ道のような道のほうを行きます。
2014/10/31 13:55:12
芭蕉が泊まったという向屋跡がありました。
2014/10/31 13:55:40
道の反対側には能登屋跡がありました。2日目に芭蕉はこちらに泊まったと説明されています。
2014/10/31 14:01:24
曲がり角の手前に今野嘉兵衛の家の説明板がありました。芭蕉を接待した人です。
2014/10/31 14:03:00
角を曲がると今野又左衛門の家の説明板がありました。弟の嘉兵衛と共に歓待したそうです。
2014/10/31 14:05:55
すぐ先に熊野神社がありました。芭蕉もここを訪れたそうです。少し休んで足の手入れをしました。
2014/10/31 14:13:42
象潟橋を渡ると船つなぎ石がありました。
2014/10/31 14:20:58
蚶満寺のところにくると芭蕉像がありました。
2014/10/31 14:22:01
前は島だった跡に松が立って残っています。九十九島と呼ばれていて、その一部が見えます。
2014/10/31 14:24:19
蚶満寺の本堂です。芭蕉は拝観したようですが、今は拝観を受け付けてないようです。
2014/10/31 14:26:03
船つなぎ石がこちらにもあります。
2014/10/31 14:28:47
境内には芭蕉句碑もありました。象潟や雨に西施がねぶの花とあるそうです。
2014/10/31 14:43:00
酒田に向かって歩き始めましたが、途中で本文にでてくる能因島に寄りました。
この日は上浜まで戻って、そこからJRで酒田に行きビジネスホテルに泊まりました。