奥の細道、高久から黒田原

マーカーリスト

ACTIVE LOG-接続後

GPSログ解析

開始日時2013/07/28 09:00:36終了日時2013/08/03 15:35:27
水平距離36.75km沿面距離37.10km
経過時間150時間34分51秒移動時間7時間07分15秒
全体平均速度0.25km/h移動平均速度5.17km/h
最高速度8.78km/h昇降量合計1391m
総上昇量791m総下降量600m
最高高度890m最低高度150m

写真レポート


高福寺句碑

2013/07/28 09:31:35

高福寺句碑

青春18切符が使える期間になったので、黒磯駅まで普通電車を乗り継いで行き、続きを歩き始めます。
高福寺でもう一度句碑を探すと、山門のすぐ前にありました。
落ちくるやたかくの宿の郭公
   芭蕉
 木の間をのぞく短夜の雨
   曽良
とあるそうです。



二宿の地

2013/07/28 09:43:16

二宿の地

少しいくと右手に二宿の地の石碑がありました。芭蕉が泊まったという覚左衛門宅があったとこのようです。



芭蕉翁塚

2013/07/28 09:45:21

芭蕉翁塚

すぐ側には芭蕉翁塚があり、芭蕉庵桃青君碑とある碑があります。覚左衛門の孫が建てたそうです。



松子の旧道分岐

2013/07/28 10:26:54

松子の旧道分岐

東北自動車道を越えていくと左手に分かれる細道がありました。旧道らしいので行ってみます。
と、このすぐ先で、切符を落としたのに気づきました。地図か日焼け止めを出したときに、落っこちたようです。このまま行くか悩みましたが、戻りながら探してみることにしました。なかなか見つからなかったのですが、駅のそばまで戻ると裏返った切符が歩道の真ん中に落ちていました。
この日はこのまま帰りました。



お堂

2013/08/03 09:49:10

お堂

改めて歩き直しですが、宇都宮の先で人身事故があり復旧までに時間がかかるとのことで、宇都宮から那須塩原までは新幹線にしました。そのおかげで黒磯9:30のバスに間に合い、下松子まで行き、歩き始めます。
すぐ先にお堂がありました。



庚申塔など

2013/08/03 10:41:59

庚申塔など

広谷地の交差点を過ぎて行くと、庚申塔や記念碑などが並んであります。



喰初寺

2013/08/03 11:41:01

喰初寺

暑い中の登りは、なかなかこたえます。一軒茶屋を越えていくと、喰初寺がありました。



温泉神社鳥居

2013/08/03 11:57:54

温泉神社鳥居

温泉街を通ろうと思ってましたが、曲がり道を行き過ぎて温泉神社に着いてしまいました。先にこちらを見て行きます。



句碑

2013/08/03 12:01:33

句碑

本殿の手前に芭蕉の句碑がありました。「湯をむすぶ誓も同じ石清水」とあるそうです。



殺生石

2013/08/03 12:02:57

殺生石

温泉神社から殺生石に向かう道から殺生石のあたりが良く見えます。



句碑

2013/08/03 12:05:20

句碑

殺生石のそばにも句碑がありました。
「飛ぶものは 雲ばかりなり 石の上」とあるそうですが、芭蕉作ではないらしいです。



殺生石

2013/08/03 12:05:28

殺生石

殺生石です。九尾の狐のなれのはてです。



元湯鹿の湯

2013/08/03 12:16:12

元湯鹿の湯

帰りは温泉街を通って行きます。最初に元湯鹿の湯があります。那須温泉発祥の湯だそうです。



宿泊地跡

2013/08/03 12:18:35

宿泊地跡

少し下ると芭蕉宿泊地跡がありました。



下り道

2013/08/03 12:50:28

下り道

一軒茶屋からのくだりは、森林の中の一本道で、車が通らないときは快適です。



池田十字路そばの石仏

2013/08/03 13:24:58

池田十字路そばの石仏

池田十字路のそばに石仏がありました。



山梨子の石碑

2013/08/03 14:14:26

山梨子の石碑

北条の交差点を右に曲がり、山梨子で広域農道にでるまえに石碑や石仏が並んでいました。



漆塚の温泉神社

2013/08/03 14:43:22

漆塚の温泉神社

漆塚の集落のほうに入ったところに温泉神社がありました。



馬頭観音など

2013/08/03 14:50:01

馬頭観音など

漆塚の集落から黒田原に向かう道のすぐ先に馬頭観音などが並んでいます。この横の畦道を芭蕉が下って行ったとの説もあるようですが、今日は黒田原駅から帰るので、真っ直ぐ黒田原に向かいます。



六地蔵石幢

2013/08/03 15:19:23

六地蔵石幢

余笹川を渡って黒田原町に近づくと六地蔵石幢や呑んべいの墓などが左の空き地にありました。六地蔵石幢は元禄3年に建立され、ほかから移したとのことで、芭蕉が歩いた1年後のことになります。
ここから黒田原の駅に行き、電車でぐっすり寝ながら帰りました。



戻る ホーム