開始日時 | 2020/11/12 08:51:49 | 終了日時 | 2020/11/12 12:46:51 |
水平距離 | 17.18km | 沿面距離 | 17.43km |
経過時間 | 3時間55分02秒 | 移動時間 | 3時間47分06秒 |
全体平均速度 | 4.45km/h | 移動平均速度 | 4.58km/h |
最高速度 | 9.53km/h | 昇降量合計 | 685m |
総上昇量 | 385m | 総下降量 | 300m |
最高高度 | 284m | 最低高度 | -1m |
2020/11/12 08:55:35
小田原から渋沢を通って蓑毛に行く大山道もあったというのですが、、大山から渋沢までは前に歩いたので、小田原から渋沢までを歩いてみることにしました。小田原通行道とも云われていたようです。
2020/11/12 08:58:53
錦通りを通って、街道筋に出ました。大山道六本松通り歩きと小田原からの甲州道歩きで歩いた道です。ここをスタートとします。
2020/11/12 09:15:46
前に見た足下地蔵尊です。
2020/11/12 09:20:07
甲州道と分れるところに道標がありました。右大山みちとあるそうです。
2020/11/12 09:35:09
酒匂川を越えていくと、坂東巡礼歩きの時にお参りした飯泉観音に着きました。門前で拝むだけで通り過ぎます。
2020/11/12 10:15:12
大友橋の供養塔です。
2020/11/12 10:17:58
少し先に仙元大菩薩の石碑と道祖神がありました。
2020/11/12 10:27:58
石造物が集められていました。
2020/11/12 10:35:07
双体道祖神がありましたが、道とは逆を向いています。
2020/11/12 10:40:05
右へ道が分れるところに三嶋神社がありました。お参りしていきます。
道は神社のところで右に曲がります。
2020/11/12 10:50:35
旧道は上大井駅で失われ、迂回します。
2020/11/12 10:55:37
駅の反対側から旧道が再開です。
2020/11/12 10:59:58
坂の途中の祠に馬頭観音が祀ってあります。
2020/11/12 11:11:40
丘陵地を歩いていると、ホテルのような建物がありました。調べてみると第一生命の独身寮だったようで、いまは利用されていないようです。
2020/11/12 11:28:30
東名を越えるところは、道がなくなっていて、復帰するところに供養都などが並んでいました。
2020/11/12 11:34:47
道が別れていますが、旧道は左です。ここから道が悪くなってきます。
2020/11/12 11:36:02
道が荒れてきましたが、なんとか歩けます。歴史のある道だから、遺そうと手入れをしてほしいものです。
2020/11/12 11:45:30
平安・鎌倉時代の矢倉沢往還古道に合流しました。江戸期でも四十八瀬が増水で渡れないときは、こちらの矢倉沢往還をを迂回していたとのことです。
2020/11/12 11:50:42
下ってくると三嶋神社がありました。境内には道標を兼ねた庚申塔などがあるそうです。
2020/11/12 12:02:46
篠窪の集落を過ぎ、旧道に入ります。
2020/11/12 12:12:49
弘法大師がこの峠にさしかかって、静かに手に持った杖を差し込むと清水が湧き、それを硯水にされたということです。
2020/11/12 12:32:39
町並みに下ってくると渋沢神社が右手にあります。
2020/11/12 12:44:10
曲松の矢倉沢往還との辻です。今日のゴールです。
2020/11/12 12:44:59
そばの稲荷神社に立派な道標がありました。『左 小田原 い々すミ道』『右 ふじ山 さい志やうじ道 左十日市場かなひかんおん道』『左大山道 願主富村 江戸屋喜平次』とあるそうです。
すぐそばの駅から帰りました。