2007年3月18日
伊勢本街道もあと1日の行程を残すだけとなり、関西単身赴任期間も残すところ半月を切り、日曜日の天気予報がよいことに感謝しながら、朝早く起きて阪急、JR、近鉄、JRと乗り継いで3時間半以上かけて相可の駅に着きました。
街道筋まで戻って歩き始め、広い道に出て、少しで分かれ、JRを越えて右手に少し行くと、水分社(みくまりの社)がありました。土地の人はしょうずさんと呼んでいるとのこと。
街道らしい家並みが続くようになって、金粒丸の商家の大好庵があったところに出ました。。
お寺の入り口には五輪塔がありました。
すぐ先には西池上の常夜灯があります。
少し先の分かれ道に道標がありました。右に行くと「とば かさぎの中」だそうです。「すぐ さんぐう」にしがたって左の道を行きます。
ゆるやかに登っていき土羽茶屋にさしかかります。街道の雰囲気があります。
雑木林の中の道をいきます。小さな峠が切り通しになっていて、伏拝坂の説明板がありました。
少し歩いて開けた田圃に沿った道になりました。右手に森があり中に朝久田の棒原神社があるそうです。棒原神社は皇大神宮の摂社の一つだそうで、境内には小さな古墳が41もあるそうです。少し先から振り返ってみればととろの森の雰囲気です。
少し行くと旅人の安全と街道の無事を祈って人柱にたったという正念塚があります。
少し先の交差点の左に常夜灯と鳥居がありましたが、祠もなく、いわれもよくわかりません。
田丸へ右へ曲がるところで、石仏と六地蔵がありました。
少し先の左への曲がり角に田丸神社がありました。大きな常夜灯が前にあります。
3回ほど曲がっていくと角に道標がありました。真っ直ぐ行くと熊野街道脇往還だそうです。
左に曲がるところを右に曲がって少し行くと田丸城跡の大手口で石垣などが残っています。
三重県に入ってから、しめ縄飾りが軒下にある家がちらほらあり、正月の飾りをしまっていないのだと思っていましたが、田丸に入るとほとんどの家に飾ってあります。「笑門」とあり、伊勢地方では一年中飾っているとのことです。
大手口から真っ直ぐ伸びる道を行きます。外城田川を渡る前に店屋があったのでパンを買って昼飯です。食堂も店屋もここまでほとんど見かけていなかったので、貴重な店屋です。
少し行くと常夜灯が右手にありました。
大分歩いた汁谷橋の手前左に庚申塚がありました。
また、大分歩くと右手に尾崎咢堂記念館の案内があり、そちらに行くと記念館の傍に柳の渡しの案内板がありました。
今は渡しはないので、度合橋を渡ります。橋からの宮川の景色ですが、桜には少し早く、つぼみも堅いのが残念です。
しばらく広い道を行くと橋の欄干が道から出ています。昔見たはりまや橋のようです。筋向橋といって、参宮街道と伊勢街道との合流点にあった橋だそうです。
少し先に古い家がありました。万金丹をまだ作っているとのことです。
すぐ先を右折すれば外宮です。家内安全をよくお願いして先に進みます。
浜田国松邸跡の碑がありました。腹切問答で有名な政治家だそうです。
近鉄をくぐり勢田川を渡ります。橋のたもとに案内板がありました。
坂を登ってしばらく行き、牛谷坂を下るところに大きな常夜灯が二基ありました。
下った左手には猿田彦神社があり、こちらでも家内安全をお願いし内宮に向かいます。
赤福本店や伊勢うどんの店や土産物店がならぶおかげ横町に入ります。突然の人混みでかきわけながら進みます。
やっと内宮につきましたが、階段下まで渋滞です。何度か参っているので、今回は階段の下でお参りだけして帰ります。
帰りは、バスで五十鈴川駅に出て、近鉄、JR、阪急を乗り継いでの長旅でした。