2006年9月30日

少しは暑さも収まってきたのでY氏と大阪から奈良に向かって歩くことになりました。
谷町6丁目まで阪急、大阪地下鉄で行き、熊野古道で歩いた道を南に曲がらずに真っ直ぐ東に向かいます。
右手に神社の社(東雲稲荷神社だそうだ)のところに石の道標があった。

玉造の駅を過ぎると二軒茶屋跡の石碑があった。

すぐ先から右手に街道は別れる。

すぐ先に矢田地蔵尊があった。

国道を横切ってすぐ先左手の八坂神社の表参道に「暗越奈良街道 距高麗橋元標壱里」の里程標がある。明治時代のものだ。

「常善寺(じょうがんじ)、左へ三丁」の道標があった。

真新しい道標も所々にある。

大今里4丁目で国道に出たところに、笠灯籠型の道標がある。

国道をしばらく歩くと国道は左に曲がるが真っ直ぐ歩く。アーケードがあって右に行くと十三嶺道で、暗越へはアーケードを少し越えて左へ行くようだ。間違えてアーケードを左に行ってしまった。少し先で左に入る。
高井田に出て、地蔵石仏と「東大阪歴史の道」説明板があった。

すぐ先の長瀬川を越えた東北角に放出停車場三十丁の道標がありました。

御厨にはいると「辻の地蔵さん」があります。赤い布の下には左大坂とあるそうだ。

すぐ先に地蔵堂と大峰登山の碑があった。

広い道と合うところに植田家があった。大名も休憩したところだそうだ。

こちらは正面からの植田家。

国道に出てしばらく歩いて右に入り、少しで枚方から八尾に通ずる河内街道との交差点に出た。

国道を渡って菱江に入るともちのき地蔵尊があった。

しばらく国道を行き、花園ラグビー場の手前から左に松原の宿場に入ります。曲がり角に道標がありました。

東高野街道と交わるところに大師堂と道標がありました。

しばらく行くと宝幢寺があった。ここは地蔵の辻と呼ばれているそうだ。

近鉄をくぐり急坂を上り始める。

松尾芭蕉句碑があった。芭蕉も暗峠を越え、大坂で亡くなったそうだ。

右手に観音寺があった。

右手に赤い鳥居があった。後で調べても何かよくわからない。

ふーふー行って急坂を登ると弘法の水である。石碑などもあり、水が湧いているが、飲めないとの注意書きがあった。

そのうちに少し広い道と交差するが、左に登る細い道が暗峠越えの道である。

登り切ったところに矢田出迎地蔵尊がある。

茶店などがあり奈良県に入ります。

下って西畑に入ると歌碑や巨岩の上に磨崖行者像などがあります。

さらに下って石の阿弥陀如来がまつられている「はずかしがりの地蔵」がありました。

萩原のあたりです。先の南生駒駅ちかくにお好み焼き屋があったので昼飯となりました。ビールとすじ煮とモダン焼きです。

また上りになり急になってきました。榁ノ木峠への上りです。

峠に着くとお地蔵山がありました。

下っていくと矢田自然公園との分かれ道に道標がありました。

追分けにはいると追分け神社がありました。

追分の本陣跡の村井家住宅です。

下りきって富雄川をわたると砂茶屋、地蔵堂があります。

しばらく歩くと垂仁天皇陵が見えてきました。ここから奈良まで真っ直ぐな道です。
JR奈良駅に着き、発泡酒を飲んで、爆睡しながら神戸まで帰りました。